御祭神 迦具土命
創建 923年
野田市野田725 東武野田線愛宕駅より徒歩5分
岩境。ストーンサークルか?(^^;)
野田市の愛宕神社の創建は923年。
山城国愛宕郡(京都右京区)愛宕の里から分霊。
写真の岩境は、それより前に有ったそうで、
この辺を神域扱いしていた、らしい。
千年以上の野晒しに、よく耐えている。
境内にある看板によれば、
神社の設置目的は火伏せ。
野火・山火事・士豪による兵火などの防火とある。
この神社の大鳥居前にも
「史跡 野田山神宮寺跡」という石碑が置いてある。
この辺、山はあったのか?。
と、疑問を置いておいたら、掲示板にて
「 山とは、雑木林のこと 」 という内容の書きこみを頂きました。
このことは他の方からも聞くことができました。
ありがとうございます。
愛宕の名前の由来について。
「日本神話の仇子説」。
女神・イザナミノミコトがカグツチノミコトを産んだら、
カグツチは火の神として火に包まれた姿で産まれたから
母神が焼け死んでしまったと。だから仇子。
しかし火の神として奉るには
それでは字が悪いということで「愛宕」に変えられたと。
ところが修験道系の愛宕によれば
「明治維新の神仏分離・廃仏毀釈で、
愛宕も、神道に変えるか消されるかという選択を迫られ
とりあえず「カグツチノミコトの仇子」という説を入れて、神道系に姿を変えた」
「仇子説」はその時から付いたので、
本来は神話など関係無く「愛宕」は火伏せの神仏だという。
2015.4.11撮影 最近になって見たような。
↑境内社 溶岩石もあり、富士塚?。 鳥居は以前は木製の赤い鳥居で、傷みがかなりあった。
ここの愛宕神社は同じ境内に西光院という寺がある
愛宕神社の同じ境内の「西光院」は
新四国八十八ヶ所霊場(何かエラい感じが)
聖徳太子の碑・各種石仏・地蔵(将(勝)軍地蔵尊)などが
1ヶ所で量が多めで、一まとめに楽しめる
祭礼の一つに、雨乞い目的の「津久舞い」がある。